前回の記事では、犬の乳腺腫瘍について、しこりの見つけ方や診断・手術の流れ、さらに再発予防として注目されている再生医療(CAT療法)についてご紹介しました。
しこりができる犬の乳腺腫瘍|再生医療による新しい治療アプローチと予後改善
その中でも特に、飼い主様にとって不安が大きいのは「悪性」(いわゆるがん)と診断されたときではないでしょうか。
「手術で治せるの?」「進行が早いと聞いたけど、うちの子は大丈夫なのか…」そんな悩みを抱える飼い主様に向けて、当院では、再生医療の一種である「樹状細胞(DC)とサイトカインを組み合わせた治療法」をご提案しています。
この治療法は、まだ動物医療ではあまり広まっていない新しい選択肢ですが、従来の方法では治療が難しかったケースにも効果が期待できると注目されています。
そこで今回は、愛犬が悪性乳腺腫瘍と診断された飼い主様に向けて、病気の特徴と治療法の選択肢についてわかりやすく解説します。
腫瘍には悪性と良性がありますが、犬の乳腺腫瘍の場合、だいたい半々くらいの割合といわれています。悪性乳腺腫瘍は進行が非常に早く、しこり自体があっという間に大きくなったり、リンパ管を通じてリンパ節や肺などに転移したりする可能性が高い病気です。
中でも「炎症性乳がん」と呼ばれるタイプは特に治療が難しく、次のような特徴があります。
・腫瘍が小さくても悪性度が非常に高い
・強い炎症を伴い、皮膚の赤み・出血・痛みなどが見られる
・手術による刺激で炎症が悪化したり、転移を促進する恐れがある
このように、悪性乳腺腫瘍の中でも「炎症性乳がん」のようなタイプに対しては、手術や化学療法といった従来の治療法だけでは限界があります。そのため、一般的な動物病院では「もう手の施しようがありません」「諦めてください」と判断され、根本的な解決にはならないものの、痛みや苦しみを和らげるため、緩和ケアを提案されることもあります。
しかし当院では、こうした病に苦しむ犬を一頭でも多く救いたいという思いから、新たな治療法を試みています。
今回ご紹介する新たな治療法が、樹状細胞とサイトカインを組み合わせたものです。この2つは、次のような機能をもっています。
〈樹状細胞(DC)〉
免疫細胞の一種で、がん細胞を見つけ出して、それを攻撃するリンパ球へと情報を伝える“司令塔”のような働きをします。
「樹状細胞(DC)療法」についてより詳しく知りたい方はこちらもご覧ください
〈サイトカイン〉
免疫細胞間の情報伝達を助けるタンパク質の一種。がんに対する免疫では、インターフェロン-γ(IFN-γ)やインターロイキン-12(IL-12)が、がんへの免疫反応を高める役割を果たします。
この2つを組み合わせることで、がん細胞に対する免疫の働きを高め、従来の治療法では困難だった症例にも効果が期待できます。
以下のようなプランを立てて治療を進めていきます。
・頻度:7日ごとに4回、計28日間(その後は、がんやペットの状態をみて継続するかどうか判断します。)
・投与方法:しこりの周辺の皮膚に注射し、樹状細胞とサイトカインを直接投与します。投与された樹状細胞とサイトカインは、局所的にがん細胞に作用します。
このように、動物への負担が少なく、シンプルな方法で実施できることが特徴的です。
一方で、飼い主様が心配されるのはその効果かと思います。当院では写真の例のように、治療によって局所のしこりが縮小・改善したケースも経験しています。局所的な治療法のため、小さな悪性乳腺腫瘍であればその効果がより大きく、完治が可能な例もあるほどです。
この治療法はすべての乳腺腫瘍に適応されるわけではありませんが、以下のようなケースで検討されることがあります。
・早期に見つかった小さなしこり
・初期の炎症性乳がん
・手術が難しい部位にある腫瘍、あるいは全身状態により手術が困難な場合
どの治療法が愛犬にとって最適なのかは、年齢や持病の有無、腫瘍の種類や進行度などによって異なります。当院では、飼い主様のご希望を伺いながら、一頭一頭に合わせた治療プランを検討しています。
当院では、最新の研究に基づいた治療を取り入れながら、動物たちにとって最善の医療を提供できるよう努めています。
今回ご紹介した「樹状細胞とサイトカインを組み合わせた治療法」も、その一つです。
悪性乳腺腫瘍は、従来の治療だけでは完治が難しいとされるがんのひとつですが、当院では一頭でも多くの命を救いたいという強い思いを持って取り組んでいます。
「もう治らないかも…」と感じたときでも、どうか諦めず、まずはご相談ください。
なお、この治療法は非常に先進的な選択肢ではありますが、病気が進行してからでは手遅れになることもあります。そのため、定期的な健康診断による早期発見が何よりも大切です。
早い段階で見つかれば、それだけ治療の選択肢も広がり、完治の可能性も高まります。
愛犬の健康を守るために、ぜひ日頃の観察と定期検診を大切にしてください。
犬の悪性乳腺腫瘍、特に炎症性乳がんは、進行が早く、従来の治療法では限界があります。
しかし、樹状細胞とサイトカインを組み合わせた治療法は、悪性度に関係なく利用することができ、小さなしこりであれば完治も可能です。ここで重要なのが、しこりが小さいうちに発見する、ということです。
少しでもおなかに気になるしこりを見つけたら、迷わずご相談ください。私たちと一緒に、愛犬にとって最善の治療法を見つけていきましょう。
<参考文献>
Mito K et al. IFNγ markedly cooperates with intratumoral dendritic cell vaccine in dog tumor madels. Cancer Res. 2010, 70, 7093-7101. doi: 10.1158/0008-5472.CAN-10-0600.
Sugiura K et al. Effect of IL-12 on canine dendritic cell maturation following differentiation induced by granulocyte-macrophage CSF and IL-4. Vet. Immunol. Immunopathol. 2010, 137, 322-326 doi: 10.1016/j.vetimm.2010.06.006.
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