「再生医療を受けたのに、効果がなかった」
「幹細胞を使うなら、傷ついた組織が元どおりになるのでは?」
間葉系幹細胞(MSC)療法について調べると、期待する声がある一方で、「効かなかった」「信用できない」といった意見を目にすることがあります。
では、MSC療法は本当に効果が期待できない治療なのでしょうか。
実は、MSC療法が「効かない」と受け取られる背景には、治療効果の個体差だけでなく、変化が表れるまでに時間がかかることや、「再生医療」という名称から生じる誤解が関係しています。
MSC療法は、投与した細胞によって傷ついた臓器や組織を一から作り直す治療ではありません。過剰な炎症や免疫反応を調整し、体にもともと備わっている修復の働きを支えることで、症状の緩和やQOL(生活の質)の改善を目指す治療です。
今回は、MSC療法の仕組みや用いられている病気だけでなく、治療効果に差が生じる理由や、変化が表れるまでに時間がかかる理由についても解説します。

■目次
1.間葉系幹細胞(MSC)は、体の修復を助ける細胞です
2.犬や猫では、どのような病気に用いられている?
3.MSC療法は、なぜ効果に差が出るの?
4.「すぐに変化がない」から、効いていないとは限りません
5.病気によって、適したMSCは異なる可能性があります
6.MSC療法は、病気を完全に治すためだけの治療ではありません
7.まとめ
間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cell:MSC)は、脂肪組織や骨髄などに存在し、骨や軟骨、脂肪、血管など、さまざまな間葉系細胞へ変化する能力を持つ細胞です。
ただし、現在のMSC療法で重要と考えられているのは、MSC自体が新しい組織の細胞へ変化することではありません。
MSCには、さまざまな抗炎症物質や成長因子を分泌する働きがあります。さらに、損傷や炎症が起きている場所へ集まる性質(ホーミング効果)も持っています。
下の図は、MSCが分泌する主な物質と、それぞれが組織の修復にどのように関わるかをまとめたものです。

MSCが分泌する物質には、過剰な炎症や免疫反応を調整する、新しい血管が作られるのを助ける、傷ついた組織の修復を促すといった働きがあります。
また、MSCが放出する物質の一部は、「エクソソーム」と呼ばれる非常に小さな袋状の構造に含まれており、細胞同士が情報を伝える役割を担うものとして研究されています。
つまり、MSC療法は、投与した細胞だけで患部を一から作り直す治療ではありません。炎症を調整しながら、体にもともと備わっている修復の働きを後押しする治療と考えると分かりやすいでしょう。
間葉系幹細胞(MSC)療法についてより詳しく知りたい方はこちらもご覧ください
MSCを用いた治療は、人の医療では変形性関節症や脊髄損傷、自己免疫疾患などを対象に研究・活用されています。
獣医療でも、標準的な治療だけでは十分な改善が得られにくい病気に対する選択肢の一つとして研究が進められています。
犬では、主に次のような病気が対象となります。
・椎間板ヘルニアなどによる脊髄損傷
・炎症性腸症
椎間板ヘルニアについてより詳しく知りたい方はこちらもご覧ください
炎症性腸疾患についてより詳しく知りたい方はこちらもご覧ください
猫では、次のような病気に用いられることがあります。
・難治性の口内炎
・慢性腎臓病
口内炎についてより詳しく知りたい方はこちらもご覧ください
慢性腎臓病についてより詳しく知りたい方はこちらもご覧ください
ただし、同じ病名でも、すべての犬や猫に同じ効果が期待できるわけではありません。
病気の進行度や全身状態、治療を始める時期、これまでに受けてきた治療などによって、治療後の経過は異なります。さらに、使用するMSCの由来や性質も、治療効果に関係する可能性があります。
MSC療法が「信用できない」と感じられる理由の一つに、治療効果のばらつきがあります。
その背景には、病気の状態だけでなく、治療に使用するMSCの性質も関係していると考えられます。
MSC療法には、治療を受ける犬や猫自身の脂肪組織などから細胞を採取し、培養して投与する「自家移植」があります。一方で、MSCの増殖する力や細胞としての性質は、採取した個体の年齢などによって異なる可能性があります。
実際に、犬の脂肪由来MSCを比較した研究では、高齢犬由来のMSCは若齢犬由来のMSCに比べて、増殖能や幹細胞としての性質に違いが認められました。1
そのため、高齢で発症することが多い病気では、本人から採取したMSCが十分な働きを示さない可能性も考えられます。
このような課題に対応する方法の一つが、若く健康な個体から採取したMSCを別の個体へ投与する「他家移植」です。
他家MSCは、あらかじめ培養・保存しておいた細胞を必要なときに使用できるという利点があります。
一方で、自家MSCにも他家MSCにもそれぞれ特徴があり、「他家MSCだから必ず高い効果が得られる」というわけではありません。
近年は、品質を管理して保存したMSC製剤や、MSCが放出するエクソソームを活用した治療についても研究が進められていますが、病気との相性や細胞の性質を考慮して選択することが重要です。
MSC療法は、鎮痛薬などのように、投与後すぐに症状を改善させることを目的とした治療ではありません。
そのため、治療を始めて間もない時期には、「効いていないのでは」と感じられることがあります。
MSCは、投与後すぐに傷ついた組織を修復するのではなく、過剰な炎症や免疫反応を調整しながら、少しずつ組織が修復されやすい環境を整えていきます。そのため、実際に体の機能が改善するまでには一定の時間が必要です。
犬の脊髄損傷に対する研究では、歩行などの運動機能の改善がみられるまでに6か月以上かかったことが報告されています。しかし、MSCを投与した犬では、手術などの標準的な治療のみを受けた犬と比べて、回復を示した割合が高かったという報告があります。2,3
また、犬の炎症性腸症でも、症状や腸の吸収機能の改善には1〜3か月程度かかることがありますが、MSC療法を組み合わせた群では、従来の治療のみを行った群より症状の改善が認められています。4,5
このように、「すぐに変化が現れないこと」と「効果がないこと」は同じではありません。
一方で、時間が経てば必ず改善する治療でもありません。病気が大きく進行している場合や、修復できる組織がほとんど残っていない場合には、十分な効果が得られないこともあります。
そのため、治療後は歩き方や食欲、痛みの程度、日常生活での様子などを継続的に確認し、その子に合った方法で治療効果を評価していくことが大切です。
MSC療法の効果は、病気の種類や使用する細胞の性質によっても異なると考えられています。
例えば、猫の慢性腎臓病に対しては、脂肪由来MSCを用いた研究が行われていますが、多くの報告で十分な効果が得られていません。これは、慢性腎臓病の治療には炎症の制御だけでなく、組織修復などのより複雑な作用が要求されるためではないかと思われます。
一方、猫の口内炎では、MSCが持つ抗炎症作用や免疫を調整する働きのみによって、症状の改善につながる可能性が考えられます。
しかし、近年では、子宮内膜由来MSCを猫の慢性腎臓病に用いた研究で、腎機能や全身状態の改善につながる可能性が報告されています。6
さらに、犬の胎盤や臍帯などの胎子性組織から採取したMSCは、脂肪由来MSCとは異なる増殖能や組織修復に関わる性質を持つことが報告されています。7
ただし、この研究は限られた症例で行われたものであり、現時点で治療効果が確立されたわけではありません。今後、より多くの症例を対象とした研究が必要です。
このように、同じMSC療法でも、細胞を採取する組織によって働きが異なる可能性があります。
そのため、「MSCならどれも同じ」と考えるのではなく、病気の特徴や細胞の性質を踏まえながら治療を選択することが大切です。
当院でも、最新の研究や知見を踏まえながら、それぞれの病気に適したMSCの活用について検討を続けています。
ただし、細胞の種類を変えれば必ず効果が得られるわけではありません。現在分かっていることと、まだ研究段階にあることを区別し、その子にとって治療を行う意義があるかどうかを慎重に判断する必要があります。
MSC療法は、すべての病気を治せる治療ではなく、すべての犬や猫に同じ効果が期待できるわけでもありません。
一方で、薬や手術などの標準的な治療だけでは改善が難しい病気に対して、炎症や痛みを和らげ、動きや食欲などの日常生活の改善を目指すための選択肢になる可能性があります。
当院が大切にしているのは、再生医療を過度におすすめすることではありません。
まずは病気の種類や進行度、全身状態、これまでの治療経過を確認します。そのうえで、MSC療法によって何を目指すのか、どのような効果が期待できるのか、どのような限界があるのかを飼い主様と共有しながら、治療を検討します。
また、当院では最新の研究や臨床で得られた知見を診療に取り入れながら、一頭一頭に適した治療を検討しています。
「椎間板ヘルニアの手術後も思うように歩けない」
「炎症性腸症の治療を続けても症状を繰り返している」
「猫の口内炎による痛みを少しでも和らげたい」
「慢性腎臓病に対して、ほかにできる治療がないか知りたい」
このようなお悩みがありましたら、まずはへきなん動物病院へお気軽にお電話ください。
遠方にお住まいの方からのお問い合わせにも対応しています。
℡:0566-41-1128
MSC療法が「怪しい」「効かない」と言われる背景には、治療効果に個体差があることや、効果が表れるまでに時間がかかること、「再生医療」という言葉から生まれる誤解があります。
MSC療法は、傷ついた組織を一から作り直す治療ではなく、体にもともと備わっている修復力を支える治療です。また、病気の種類や進行度、使用するMSCの由来や性質によって、期待できる効果は異なります。
そのため、MSC療法を検討する際は、期待できる効果だけでなく限界についても理解したうえで、その子に適した治療かどうかを判断することが大切です。
へきなん動物病院では、現在の病状やこれまでの治療経過を丁寧に確認し、飼い主様と治療の目的を共有しながら、一頭一頭に適した治療をご提案しています。
あわせて読みたい(関連記事のご案内)
再生医療には、今回ご紹介するMSC療法のほかに、がんに対して用いられる免疫細胞治療があります。
免疫細胞治療について詳しく知りたい方は、ぜひこちらの記事もあわせてご覧ください。
>>再生医療は怪しい?がん免疫細胞治療の効果と限界を獣医師が解説
〈参考文献〉
1. 犬の年齢と脂肪由来MSCの性質に関する報告
https://vetsci.org/DOIx.php?id=10.4142/jvs.2017.18.2.141
2. 犬の脊髄損傷に対するMSC療法に関する報告
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1532-950X.2011.00959.x
3. 犬の脊髄損傷に対するMSC療法に関する報告
https://vetsci.org/DOIx.php?id=10.4142/jvs.2016.17.1.123
4. 犬の炎症性腸症に対するMSC療法に関する報告
https://www.mdpi.com/2076-2615/11/7/2061
5. 犬の炎症性腸症に対するMSC療法に関する報告
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1090023315003147
6. 猫の慢性腎臓病に対する子宮内膜由来MSCの報告
https://doi.org/10.1016/j.rvsc.2021.09.015
7. 犬の胎子性組織由来MSCに関する報告
http://dx.doi.org/10.1016/j.vetimm.2016.02.005
※本記事は、執筆時点で報告されている研究結果をもとに作成しています。MSC療法の適応や期待できる効果は、病気の種類や進行度、これまでの治療内容、全身状態、使用する細胞の性質などによって異なります。
◼️再生医療が何かより詳しく知りたい方へ
・「再生医療って何?」という疑問に答えます!ペットのための新しい治療法を、簡単にわかりやすくご紹介。大切な愛犬・愛猫にどう役立つのか、ぜひチェックしてください。
再生医療ってすごい!|ペットの治療をわかりやすく解説!
・ペット医療の最前線を知りたい方におすすめ!再生医療がどうペットの未来を変えるのか、具体的な事例と共に最新の治療法を詳しく解説しています。
ペットの未来を変える再生医療とは?┃最新治療法を解説!
・再生医療で本当にペットの生活の質が良くなるのか?具体的な効果や改善例を通じて、愛犬・愛猫にとってどのような変化が期待できるのか詳しく解説しています。
再生医療って効果があるの? ペットのQOL(生活の質)の向上を判断します!
・再生医療に関してよくある質問をQ&A形式でまとめました。効果や安全性に関して不安を感じている飼い主様に向けて、わかりやすく疑問にお答えしています。
獣医が答える! 犬や猫の再生医療Q&A‐効果と安全性は?
◼️関連ページ
再生医療とは
再生療法(免疫療法)
愛知県碧南市の動物病院「へきなん動物病院」
℡:0566-41-1128